2012年05月14日
2010年12月18日
「ユーラシアの双子 上/下」 大崎善生
2010年09月07日
「ランプコントロール」 大崎善生
101/816
「ランプコントロール」 大崎善生 3.5
こういう書き出しにしたのは意図的なんだろーかね? 確か何年か前の作品にも全く同じことを感じたが、旅客機内の情景とか、しかもそれがフランクフルト空港とか、オマージュなのかリスペクトなのか、村上春樹の「ノルウェイの森」が思い出されて仕方がない。
まあ、それはそれとして。
本書のストーリー自体は、ある種古典的な部類に属するだろうか。男の海外赴任によって3年間付き合ってきた男女に訪れる別離。明確な継続も別れもなくただ距離によって隔てられた二人だが、連絡が途絶えたまま時は流れ、いつしか男には新たな出会いが。
しかし、連絡が途絶えたことにはある理由があった。帰国した男が知るその日の出来事。
ってことで、全部書いちゃうと興ざめるから止めとくが、意地悪く見れば陳腐なストーリーであり、結末もやっぱりねそう来るよねという感はどうしてもある。それを救っているのが作家の澄んだ文体であろうとは思うが、妙に偏った性向の性描写などもあるんで、んーどうだろうね、あまり評価されない作品かもね。
こういう書き出しにしたのは意図的なんだろーかね? 確か何年か前の作品にも全く同じことを感じたが、旅客機内の情景とか、しかもそれがフランクフルト空港とか、オマージュなのかリスペクトなのか、村上春樹の「ノルウェイの森」が思い出されて仕方がない。
まあ、それはそれとして。
本書のストーリー自体は、ある種古典的な部類に属するだろうか。男の海外赴任によって3年間付き合ってきた男女に訪れる別離。明確な継続も別れもなくただ距離によって隔てられた二人だが、連絡が途絶えたまま時は流れ、いつしか男には新たな出会いが。
しかし、連絡が途絶えたことにはある理由があった。帰国した男が知るその日の出来事。
ってことで、全部書いちゃうと興ざめるから止めとくが、意地悪く見れば陳腐なストーリーであり、結末もやっぱりねそう来るよねという感はどうしてもある。それを救っているのが作家の澄んだ文体であろうとは思うが、妙に偏った性向の性描写などもあるんで、んーどうだろうね、あまり評価されない作品かもね。
2010年04月15日
「Railway Stories」 大崎善生
52/767
「Railway Stories」 大崎善生 3.5
前作「存在という名のダンス」でその作風の変化にびっくりさせられた大崎善生だが、この短編集では全くいつもの大崎善生であり、これはこれで安心できる出来。
全編、タイトル通りストーリー中に鉄道が出てくる短編集。ワタシはテツ方面に殊更の興味があるわけではないが、やはり東京という場所柄か、日々の記憶はそのほとんどを鉄道が繋いでいることに気がつく。
その昔は純粋な営業職だったワタシは、東京都内・近郊の路線はほぼ全て利用したことがあるし、おそらく都内の駅という駅の8割近くは乗り降りしたことがあるのではないかと思う。
楽しい思い出の残る駅や、ちょっとセンチメンタルになる駅、苦い思いの残る駅、ただ通り過ぎただけの駅...鉄道にまつわる物語とは、その路線上の駅についての記憶なのかもしれない。
大崎善生の清澄な文体は、この作品のような内容にこそ似合うような感じがする。
前作「存在という名のダンス」でその作風の変化にびっくりさせられた大崎善生だが、この短編集では全くいつもの大崎善生であり、これはこれで安心できる出来。
全編、タイトル通りストーリー中に鉄道が出てくる短編集。ワタシはテツ方面に殊更の興味があるわけではないが、やはり東京という場所柄か、日々の記憶はそのほとんどを鉄道が繋いでいることに気がつく。
その昔は純粋な営業職だったワタシは、東京都内・近郊の路線はほぼ全て利用したことがあるし、おそらく都内の駅という駅の8割近くは乗り降りしたことがあるのではないかと思う。
楽しい思い出の残る駅や、ちょっとセンチメンタルになる駅、苦い思いの残る駅、ただ通り過ぎただけの駅...鉄道にまつわる物語とは、その路線上の駅についての記憶なのかもしれない。
大崎善生の清澄な文体は、この作品のような内容にこそ似合うような感じがする。
2010年02月17日
「存在という名のダンス 上/下」 大崎善生
24/739

「存在という名のダンス 上/下」 大崎善生 3.5+
「ファンタジー・アドベンチャー・ロードノベル」−それだけでは言い尽くせないほど、様々な要素が詰め込まれた作品。作品それ自体よりも、ここに至った作家の着想に対する驚きの方が大きい。
そもそもがこの作家、ビックリするほどノンフィクションか恋愛モノしか描いてこなかった。それでも清澄・精緻とも言える文体で飽きの来ない良さがあったわけだけど、今回のコレはこれまでとは全く違った方向の作品。タイトルが小面倒臭さい感じでコレは失敗だと思うが、内容はエンタメ要素たっぷりで結構楽しめる。
「だから、ハーメルンよ」 −時間と空間を超えて繋がってゆく終わり方も良かった。途中の展開がダイナミック(奇天烈)過ぎる感もありやなしやだが、この手のストーリーなら許容の範囲内だろうか。大崎善生、結構なおっさんだが、意外とこの方向でも行けるんじゃないの?
余計なお世話だが、本書を読む際には、ちょい役の名前も一応記憶に留めておいた方が良い。じゃないとワタシのように最後の最後で慌てることになる。
「存在という名のダンス 上/下」 大崎善生 3.5+
「ファンタジー・アドベンチャー・ロードノベル」−それだけでは言い尽くせないほど、様々な要素が詰め込まれた作品。作品それ自体よりも、ここに至った作家の着想に対する驚きの方が大きい。
そもそもがこの作家、ビックリするほどノンフィクションか恋愛モノしか描いてこなかった。それでも清澄・精緻とも言える文体で飽きの来ない良さがあったわけだけど、今回のコレはこれまでとは全く違った方向の作品。タイトルが小面倒臭さい感じでコレは失敗だと思うが、内容はエンタメ要素たっぷりで結構楽しめる。
「だから、ハーメルンよ」 −時間と空間を超えて繋がってゆく終わり方も良かった。途中の展開がダイナミック(奇天烈)過ぎる感もありやなしやだが、この手のストーリーなら許容の範囲内だろうか。大崎善生、結構なおっさんだが、意外とこの方向でも行けるんじゃないの?
余計なお世話だが、本書を読む際には、ちょい役の名前も一応記憶に留めておいた方が良い。じゃないとワタシのように最後の最後で慌てることになる。
2009年02月27日
「ディスカスの飼い方」 大崎善生
27/574
「ディスカスの飼い方」 大崎善生 3.5
「ブリード」「バクテリア」「作出」「累代」「ワイルド」... なんて懐かしい響きの言葉だろう。
実は、何を隠そうワタシもある種のブリーダーだった(魚ではないし犬猫でもない)時期があって、もう、何つーか「解るなぁコレ」という感想。逆説的には、解らない人には全然解らんだろーな、と思う。すごいマニアック、オタク系の話だから。
本書は、ディスカスのブリードにのめり込んでいく主人公が、その過程で得たものと失ったものを振り返りその意味を問う物語。
「ディスカスを飼いたいわけではない」
その意味が良くわかる。困難なブリードを通じて、自分の中に自分なりの明確な道筋みたいなものを確立したいのだ。一行の、複雑怪奇ではあっても明快な式を導き出す。それはある意味で「哲学」と言っても良い。
たぶん作家自身の趣味が色濃く反映された作品なのだろう。上記のような「哲学」に共感できるなら深いところで楽しめるが、そうでないなら作品自体の出来は本作家にしては物足らないと思う。

川面の反射が高速道路に揺らめいて、またもうすぐ春が来るね。
「ブリード」「バクテリア」「作出」「累代」「ワイルド」... なんて懐かしい響きの言葉だろう。
実は、何を隠そうワタシもある種のブリーダーだった(魚ではないし犬猫でもない)時期があって、もう、何つーか「解るなぁコレ」という感想。逆説的には、解らない人には全然解らんだろーな、と思う。すごいマニアック、オタク系の話だから。
本書は、ディスカスのブリードにのめり込んでいく主人公が、その過程で得たものと失ったものを振り返りその意味を問う物語。
「ディスカスを飼いたいわけではない」
その意味が良くわかる。困難なブリードを通じて、自分の中に自分なりの明確な道筋みたいなものを確立したいのだ。一行の、複雑怪奇ではあっても明快な式を導き出す。それはある意味で「哲学」と言っても良い。
たぶん作家自身の趣味が色濃く反映された作品なのだろう。上記のような「哲学」に共感できるなら深いところで楽しめるが、そうでないなら作品自体の出来は本作家にしては物足らないと思う。
川面の反射が高速道路に揺らめいて、またもうすぐ春が来るね。
2007年09月24日
「スワンソング」 大崎善生
評価4.0。甘いかな。んーちょっと甘いな。なんだか村上春樹の某作品へのオマージュっぽい。どの作品かは読めばすぐにわかる。
そう感じさせる理由はいくつかある。
一つはその構成。追憶から始まる物語。情景の描写が細やかで、その描かれようが主人公の心情を表現する。
二つ目は人間関係。主人公の彼女は精神的に脆い。鬱病。主人公との関係が、さらに彼女の精神を圧迫してゆく。
三つ目は物語の結末。幸福感のない、それでいて妙に静謐な締めくくり。まあ村上作品に比較すれば、それでも平穏なイメージか。
さらにドイツの都市名とか童話的比喩表現であるとか、そこはかとない共通点があちこちに見出せる。
当然ながら例のとんでもなく売れた村上作品と比較するのは酷だけれど、でも似たようなテーストで悪くない。と言うか、この作品には作品創りの丁寧さとか、文章がもたらす清浄な感覚とかが感じられて、んー大崎善生やっぱ良いなというところ。
まあしかし最近はこういう小説が珍しい状態になってしまっていて、なんと言うか少し物足らないな。
2007年04月15日
「ドナウよ、静かに流れよ」 大崎善生
日本人男女が遠くウイーンのドナウ川で心中した。男33歳・女19歳。天命のごとくこの事件と巡り合った作者による、1年間に渡る取材を基にしたノン・フィクション。
ワタシはノン・フィクションが苦手である。なんでかはわからん。わからんけど、何処までも「個」に落ちてゆく感覚がいたたまれない。普遍的なものに拡散させて茶を濁すような気持ちになれないからつらい。
本書に描かれた話は、結局、日本を遠く離れた地で男と女が死んだという事実であって、どれほど取材を尽くし想像を逞しくしても、それはそれ、これはこれなのである。
巻末に添えられた19歳のポートレイトが、本作をして「フィクションじゃない」感にとどめを刺しており、またがっくりと胸苦しくなった。
2006年12月05日
「傘の自由化は可能か」 大崎善生
ワタシも20年来そう思ってきた。傘と自転車は自由化すべし。
というはなしは置いといて
やっぱりワタシは、エッセーという形式の文章にあまり興味がないんだなあと思った。作品を読みたいのであって、作家本人の「俺は」「私は」「拙者は」「朕は」みたいなことを知りたいわけではない。というか、作家のプロファイルについては、全くもって知らない方が良いのかも知れない。
前にもどこかで書いたが、下手に作家の個人的情報を得てしまうと、過去の作品にまでその影響が出てしまうことがある。「ふ〜ん、あの表現はこの辺りの体験から来たわけか...」とか、そんな感じ。
ま、あくまでワタシの場合、ってことだが。
それでも本作、やっぱり大崎善生の作品であって、純粋に大崎善生の書く文章が好きであれば、それなりの手応えはあるだろうと思う。
2006年11月10日
「タペストリーホワイト」 大崎善生
2007年問題ってのがある。団塊の世代が定年退職期を迎える2007年以降、その知識、経験なしに企業は社会は今まで通りやって行けんのか?というテーマらしいのだが...
そんなの大丈夫に決まっとるやないか、と思う。何をとんちんかんなこと言っておるんだ、と。
穿った見方をすれば、そもそもそれは問題だと言い出したのが当の団塊世代ではないかと勘ぐれば勘ぐれて、もういいから四の五の言わんでキャンディーズみたいにキレイに引退するのが吉であろう。
まあそんな感じが団塊世代後の我々の共通見解ではないかと思ったりする。要は奴ら「うさんくさい」のだ。どこがどうとは上手く言えないが。
という、どこがどうとは上手く言えないものを、上手く現してくれたのが本書である。
学生運動という名の嵐が、収束する寸前に最後の抵抗を見せて吹き荒れた70年代後半。その時代を舞台に、家族と恋人を内ゲバ(の誤爆)で失った女学生が、失意を乗り越えて再生せんとする物語。
しかし大崎善生、学生運動を「思想を盾にしたサークル活動」と断ずるあたり、かなり辛辣な視線でこの時代を見ていることが伺われる。より近い世代を生きた本作家ならではの冷徹な見解であろう。
思えばワタシが学生時代を過ごした80年代初頭にも、その残滓みたいなものはあって、活動家たちに対してどーにも釈然としないものを感じたことを思い出す。一言で言って「コイツらうさんくせー」という感覚。
まあともかく、自然に背筋が伸びる、姿勢が良くなってしまうような文章である。硬質でしかも透明なクリスタルのような文章。近頃はやけに柔い文章が多い中、本当に久しぶりにこのような生真面目な作品に出会った。このクソ真面目さが本当に良い。
本書は4つの章からなる中篇作品であるが、各章バックには常にキャロル・キングの唄が静かに流れている。キャロル・キング...彼女の唄う The Christmas song はワタシにとって20年来特別の1曲である。今年もまたクリスマスの季節がやって来て、ワタシの心にはキャロルの歌声が響くのである。
2006年08月05日
「優しい子よ」 大崎善生
違和感、というか落ち着かない感じ、というか居心地の悪さ、というか、本書を読みながら感じたことは、そんなマイナス方向の感覚ばかり。
そもそも本書は誰に向かって書かれたものなのであろうか?
おそらく本書の位置づけは、作家本人が書きたくて書いた覚え書きみたいなもんなのであろう。作家本人にまるわる、ごくごく個人的なノンフィクションの体裁である。
非常に穿った見方をしてしまうと、作家が作家としての地位を築いた今だからこそ、書くことができた(出版することが出来た)作品であるように思う。
もしも大崎善生のファンであるならば、本書は読まずに放っておいた方が得策である。ともすれば、過去の作品の評価まで変わってしまう可能性がある。
作家も時にこういった本を書きたくなることもあるのだろう。気持ちはわからんでもない。わからんでもないが、何故か失望しているワタシである。
2005年08月03日
「ドイツイエロー、もしくはある広場の記憶」 大崎善生 3.0
大崎善生の小説には「透明感がある」と言われたりするわけだが、まあ確かに特徴あることは確かで、おそらくブラインド・テストしても直ぐに大崎善生だと判るんだろーけど、それが透明感なるものなのかどうなのかワタシには判断つきかねるのだが、きっと文章の構成とか言葉の選び方とかが「透明感」って言う漠然としたものに繋がるんだと思う。
で、当作品には4つの短編が収められているが、その中の「キャトルセプタンブル」は「九月の四分の一」という別の短編集に収められたタイトル作の続編だ。読んでなければ判らないことだが、この書き方は新しくてちょっと面白い。まあ話の筋としては、ヨーロッパのどっかの広場で出会った男女がひととき愛し合い、その続きをちょっとした奇跡に賭けたみたものの、叶わず男女は離れてしまう(ここまで前編)。何十年後にその時のことを思い出し、娘に語る女とその広場に足を運ぶ男(これが本作)。ひとことで言えば陳腐だがロマンチック。
インタビュー記事など読むと、本作家は村上春樹を随分と読み込んだらしい。まあ大崎善生に限らず、最近の作家には多かれ少なかれW村上の影響が窺えることがあるが、影響度合いが顕著であればあるほどに、両御大の偉大さが際立ってしまう訳ですね。高い壁だろうと思いますけど、いつかその壁を乗り越えて、新たな地平に立つ作家の登場を心待ちにしているワタシです。
大崎善生その他の作品
・聖の青春 3.5
・将棋の子 3.5
・パイロットフィッシュ 3.5
・アジアンタムブルー 3.5
・九月の四分の一 3.0
・ロックンロール 3.5
・孤独か、それに等しいもの 3.5+
・別れの後の静かな午後 3.0+